東南アジアを旅行する日本人YouTuberの動画を見ていたら、現地商店のおやじが、ドヤ顔で売り込み文句を語っていた。
「これはいいカメラなんだぜ、
CANONていうんだ、
知ってるか? CANON!
日本へのお土産にどうだいw」
もちろん、そのYouTuberは、日本人に日本ブランドのカメラを勧めるという構図を笑い話として紹介していた。そういえば自分も、NYマンハッタンのスーベニア・ショップ〔お土産雑貨店〕で、日本ブランドの小型家電やカメラがイチオシされているのを見たことがある。…いやいや、マンハッタンまで来て日本製は買わんって。
車やファッションのブランドで、発祥国を取り違えることはあまりない。ドイツ車をアメ車と間違えることはないし、イタリア製バッグをイギリス製だと思うこともない。だが、精密機械やカメラはどうだろう。
古今の世界的なカメラメーカを眺めてみると、日本メーカーの多さにあらためて気づかされる。すでに統廃合や買収で社名が変わったところも多いが、通称で挙げてみる。
- 【日本】
- キヤノン
- ニコン
- オリンパス
- ペンタックス〔現リコー〕
- コニカ〔現ソニー〕
- ミノルタ〔現ソニー〕
- 【ドイツ】
- ライカ
- カール・ツァイス
- ローライ
- 【アメリカ】
- コダック
- 【スウェーデン】
- ハッセルブラッド
正直なところ、自分は少年期、上に挙げたようなカメラブランドはほぼすべてドイツだと思い込んでいた。日本人であるがゆでに、逆に気づきにくかったのかもしれないが。もし世界の一般消費者にとって、日本ブランドが日本と強く結びついていないとしたら、彼らはいったいどこの国の製品だと思っているのだろう。
時計は、マニアでなければスイスと日本以外のブランドを挙げるのは難しい。タイヤメーカも、ブリジストン〔日〕、ミシュラン〔仏〕、グッドイヤー〔米〕、あと、え~っと…となる。プリンターに至っては、HPとゼロックス〔いずれも米〕以外、思い浮かぶのは日本メーカーばかりだ〔キャノン、セイコー/エプソン、ブラザー、リコー、富士フィルム、コニカ/ミノルタ、京セラ〕。
こうして並べてみると、日本メーカーは特定の分野では世界的に強い。なのに、ブランドとしての国籍はそれほど認知されていない可能性がある。アメリカの若者は任天堂を自国のブランドだと思っているという話を聞く。インドではスズキが、メキシコではヤクルトが、それぞれ自国ブランドだと信じられているらしい。
東京通信工業はソニーと名乗り、松下電器産業はパナソニックになった。石橋社長は、自身の苗字をもじってブリジストンという社名にした。服部時計店は精工〔成功〕の意味を込めて精工舎を設立し、後にセイコーとなった。日本のメーカーは、そもそも社名からして、海外の老舗のような顔をして出て行った。言ってみれば、それは一種の擬態だったといえるかもしれない〔社名は必ずしもブランドとイコールではないが、ここでは単純化して話を進める〕。
どこの国の製品か意識されない、あるいは自国のものだと自然に信じられる。それほど日本ブランドの国籍色が脱色されているとしたら、それは、使う側の日常に深く入り込むのに成功した証と言えるだろう。国籍や出自を強く主張するより、使う人の生活と素直につながったということだ。もちろん、その大前提として、品質や性能などが認められている必要があるのだけれど。
カメラや時計、プリンターがすぐそこにある道具として使われているとき、消費者は、その背後にある国境や歴史をあまり気にしない。手に取って、自然に使えて、期待通りに動く。それだけで十分だからだ。
日本のメーカーは、日本であることを強く主張しない代わりに、世界のあちこちの日常に溶け込む道を選んだ。その結果、国籍は見えにくくなり、製品だけがそこに残った。かつて自分がドイツだと思い込んでいたブランドイメージの実態は、国を超えて使われることを目指した、日本メーカーのシナリオ〔戦略〕だったのかもしれない。

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