三省堂コンサイスが嫌い

私は三省堂の英語辞書、コンサイス・シリーズが嫌いだ。嫌いだが、たくさん持っている。これまで手にした冊数が最も多い辞書はコンサイス・シリーズである。本稿では、なぜ・いかに嫌いか、を詳細に語る。

嫌いな理由1: 名前の語感がダサい

え、そこ? と思われるかもしれない。だが、事実なのでキッパリと言い切る。「コンサイス」という語感が大嫌いである。中学頃だと思うが、初めてその名を聞いた時から嫌悪感があった。

そもそも英和辞典には、優れていることをイメージさせるカタカナが冠についているものが多い。

  • ウィズダム英和辞典、ジニアス…、クラウン…、リーダース…、プログレッシブ…、チャレンジ…、コンパローズ…

「コンサイス…」はこうした辞書名の先駆けに近いだろう。しかし、Oxfordや研究社など、他社にも “Concise …” を戴く辞書があり、三省堂独自の辞書ブランドですらない。こんなのを見ていると、悪いが、昭和のカタカナ有名人を連想してしまう。

  • フランク永井、ケーシー高峯、ジェリー藤尾、キートン山田、トニー谷、ジャイアント馬場、ペギー葉山…

辞書の本分・本質とは全く無関係なのは承知している。「機能的道具としての辞書」は、内容が優れていればよい。だか私は、「物理的所有物としての辞書」にも同等以上の価値を置いている。故に、名前は大切なのである。

嫌いな理由2: デザインがヤボったい

ほとんど装飾のない表紙に、ぽつんと大きな丸い枠が置かれているデザイン…あれが、かつてのパンシロン胃腸薬を想像させ、抵抗感がある。

コンサイスvsパンシロン

コンサイスvsパンシロン

かなり後になって気付いたのだが、実は、このデザインそのものが、Merriam Webster’s のパクリなのではないか…。American Dictionary of the English Language〔ADEL〕の発行は1828年。いつごろからこのロゴ・体裁を使っているか定かではないが、袖珍コンサイス英和辞典〔1922〕が約100年後発であることを考えると、岩波ともども、欧米まるパクリ疑惑は払拭しがたい。

Merriam-Webster’s

嫌いな理由3: 机上用でも学習用でもなく、ハンディでもない

コンサイスは英文を多読する時、語義が曖昧な時などに使う「とっさの確認」用だ。さっと引いて確かめる…そのための辞書は、片手で素早く引ける大きさであってほしい。いわゆるハンディ〔手帳型〕に分類される辞典の大きさは、だいたい16cm±0.5 x 8cm±0.5 と、不思議なほど一致している。おそらく人の手の大きさを考慮すると、その範疇のサイズが最適なのだろう。

  • デイリーコンサイス、ハンディ、新ポケット、新リトル、エポック、パックス、ポケットプログレッシブ…など

袖珍〔1922〕~最新〔1966〕までは、コンサイスもほぼそのサイズだった。しかし、1970年以降の新装版は、縦⁺1cm、横+1.5cmほど大きい。特に横幅が広いのが致命的だ。例えば左手に持った場合、M~Zの頁には指が届きにくく、片手では引きずらい。つまり、そのサイズではハンディとはいえない。

内容では、「簡潔」を目指しているので、学習者向けの手厚い説明はない。もちろん、机上用に見られる語源や用例などの充実した解説も期待できない。結局、机上用でもなく、学習用でもなく、かといってハンディでもない、実に中途半端なポジションに立っている。

こうした理由から、私は、新コンサイス版〔17cm Ⅹ 10cm〕には全く手を出さない。買い求めるのは常に、コンサイス版〔16cm x 8.5cm〕…つまり1970年より前の古書だ。

嫌いな理由4: 合成皮の装丁がボロい

長い時間辞書を持って引き続けていると、指先に汗をかく。当時のテキソン合成皮革装は、その汗に弱いのが致命的だった。しわや折れ目に癖がつきやすく、そのため劣化が早かった。すぐに使い心地が悪くなり、見た目も見すぼらしくなった。いさぎよく汗をはじくPVCやビニール装丁よりも耐久性がないように思われた。後の新合成皮革装も、程度は軽減されたが基本的に変わらない。

なので、最初のテキソン合成皮版は打ち捨て、1~2年後、同じ版の革装を手に入れた。実はこの1冊が、私にとって最上の英和辞典になった。

嫌いな理由5: 「コンサイス」という看板だけで亜流を乱造している

いわずもがなのデイリーコンサイスに始まり、グランド・コンサイス、ビジネスコンサイス、ジュニア・コンサイスと続く。さらに、コンサイス国語辞典、デイリーコンサイス国語辞典。遂には「コンサイス六法」まで…これを見たときは、笑った。

ここに至っては、「三省堂」の代わりに「コンサイス」を戴いているに過ぎない。いまさら「三省堂英和中辞典」でもない。もやは三省堂も引き返せないのだろう。

嫌いな理由6: コンサイス=簡潔がブレている

コンサイスは簡潔な説明を旨としているはずだった。だが、それを真に具現化したのは、むしろ、弟分のデイリーコンサイスの方ではなかったか。こちらが質実共に簡潔だったため、兄貴コンサイス英和の本来市場を食う、カニバリ現象を招いたのではないかと推察している。

兄貴コンサイス英和は、版を重ねるごとに語彙を増やし、サイズも大きくなっている。携帯辞書のポジションは「デイリー~」にすっかり置き換わられた。元から学習向けとは言い難かったが、収録語数でも学習用辞典に並ばれ、コンサイスならではのポジションが見当たらなくなっている。加えて、グランド・コンサイス〔36万語〕、コンサイス机上版などが出てきて、「コンサイス=簡潔」のブランドイメージを身内がどんどん壊して行く。

もともとコンサイスという「語感」が嫌いだったのに加え、意味までないがしろにしているところが気に入らない。もっともこれはコンサイスに限った話ではなく、主体の辞書が評判になると、「ジュニア○○」「○○エッセンシャル」といった派生が出てくるのは世の常だ。うっかりすると編者が異なる…そうなればもはや、無関係な別モノだ。

嫌いな理由7: なかなか手に入らない

コンサイス英和辞典のなかで、唯一、私の琴線に触れるのは、「最新コンサイス英和辞典」第10版-革装-コンサイス版〔1966〕…だけである。この辞書の使いやすさ、使い心地は、これまでの生涯で手にした英和辞典の中で最上位にある。

受験期以外は、日用辞書として愛用していたが、ある時、濡らしてひどく汚してしまった。ページがゴワついて使用困難になったので泣く泣く手放した。だが、その後、10余年を経ても再購入できない。神田・早稲田・高円寺あたりの古書店をくまなく歩いたが、見つからなかった。インターネットで古書が探せるようになってからは、時折検索するも、私が求める「まだ使える状態/1966 第10版/革装/コンサイス版」という条件を満たすものは見つからなかった。

そもそもコンサイス英和辞典には、類似した別バージョンが多すぎる。

  • 装丁 x 数種
  • 大きさ x 数種
  • 版 x 多数

そのため、古書店側も混同している場合がある。オークションやフリマではもっと著しい。やっとみつけた、と思って注文したら、別物が送られてきたことは数回におよぶ。

この原因は、辞書名の頭の修飾部分に節操がないことも影響している。

  • 1922 袖珍コンサイス英和辞典
  • 1926 増訂コンサイス英和辞典
  • 1929 新コンサイス英和辞典
  • 1934 改訂コンサイス英和新辞典
  • 1938 最新コンサイス英和辞典
  • 1975 新コンサイス英和辞典
  • 2001 コンサイス英和辞典第

出典:https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dict/ssd10146

新しくなるにつれて「最新」→「新」→<なし> と発行年に逆らう変化をしている。名前だけでは、改訂時期が分からない。これが売り手を混乱させるのだろう。

そして私は今日も、どこかの店頭、マーケットに “奴” がいないかを探している。

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