コンサルタントは背広を来た医者である

コンサルタントは背広を来た医者である。ただし「人」ではなく「法人」の医者だ。…私は社内に向けてよくそう言う。くだけた席では、「本当は医者じゃぁなくてペテン師なんだケドね」とも言うが、その実、これらはIT分野のコンサルタントが実際に持つ2面性だと思っている。

「風邪を引いたので風邪薬を下さい」とやって来た患者に、素直に風邪薬を差し出す医者はいない。さんざんぱら、熱を測り、喉を覗きこみ、聴診器をあて、胸を打診し、問診をした挙句、おもむろに「風邪ですね」と診断を下す。それは患者の自己診断と同じ結論かもしれないが、患者は納得し、出された薬を素直に持って帰る。コンサルティングは、こういった診療に良く似ていると思う。

風邪かどうかくらいは、自己診断でだいたい分かる。風邪だと確信があるなら薬屋で風邪薬を買い求めればよい。企業も、普通は自社の問題くらい、大方自覚している。問題が分かっているならば、巷にあふれるソリューションでも何でも導入すればよい。にもかかわらず、人は医者の元を訪ね、企業はコンサルタントを起用しようとする。なぜか?…それは、専門的かつ客観的な診断を行なった上で、それにもとづいた適切な処方を望むからである。

症状は同じでも、原因によって処方は異なる。逆に、原因がわからなければ、根本治療はできない。仮に原因が同じでも、体格や体質、体力、年齢等に応じて、適切な処方は異なってくる。医者のやること、コンサルタントのやることは、つまるところその見極めである。すなわち、原因究明と、最適な原因除去の処方…その2点に尽きる。

IT分野には、さまざまなソリューションがあふれている。「ソリューション」とは、「問題解決策」という意味だ。しかし、ソリューションを導入すれば問題は必ず解決するか?…答えは”否”だろう。ユーザー企業は、今や食傷気味である。これまでの経験を通じて、「ソリューション」が必ずしも「問題解決策」ではないことを察知し始めている。

ではなぜ「ソリューション」なのか? いわずもがな、ある問題を解決するからだ。ただしそのとき、問題の原因と、ソリューションが解決する事象とが合致していなくてはならない、という大きな前提が隠れている。この前提が成立するなら、ソリューションは有効な問題解決手段たりうる。

ところが多くの場合は、なぜかソリューションの方が先に立っている。コンサルタントは、適用領域を探すように、どんな問題に対してもむやみに同じソリューションを当てはめようとする。まるで、使う薬を先に決めて、効能のある患者を探しているようなものである。医者が、どんな患者にも、同じ薬を処方するなどという状況は考えられない。咳だろうが悪寒だろうが、どんな症状を訴えても、「万能薬」と称して常に同じ薬が出てくるのなら、誰も医者に頼ろうと思わなくなる。しかしIT分野のコンサルティング現場においては、そのおかしなことが日常的に横行している。先にソリューションを打ち立てて、それを適用する企業や業務を探しているのである。

まるで、使う薬を先に決めて、効能のある患者を探しているようなものである。
どんな症状を訴えても、常に同じ薬が出てくるのなら、誰も医者に頼ろうと思わなくなる。

実のところ、医者の出す風邪薬は風邪そのものを治すわけではない。だが、何が原因で熱が出ているのかを突き止めもせず、とにかく熱を下げるために解熱剤を投与する…そんな処方も基本的にはありえない。動悸が激しいから鎮静剤、お腹が痛いなら鎮痛剤…と症状に対して単にそれぞれの薬を与える。ITコンサルタントの提示するソリューションが、そんな乱暴な対症療法に陥っている場合は少なくない。そのとき、ソリューションは単なる対症薬である。

ソリューションがかならずしも問題を解決しないのは、問題の原因を無視しているからである。特定の問題事象が、常に同じ原因から引き起こされるとは限らない。問題解決には原因除去が必要であるにもかかわらず、多くのコンサルタントは、問題の結果である現象と、解法とを結びつけてしまう。そして、「その問題はこの(わが社の)ソリューションで解決する」と断言する。

不都合な現象は回避されるかもしれないが、原因はなんら対処されずに残る。つまり、問題は一向に解決しない。その瞬間、背広を来た医者は、背広を来たペテン師に早変わりするのである。

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