協議会委員長

1990年代中盤、自社の労働組合に相当する社員代表組織「協議会」の委員長を数年間務めた。800人超の会員を代表する役務など荷が重く、やりたくはなかったのだが、前任委員長から指名され、逃げようがなかった。詳しい役務の説明は省くが、退任後、会報に連載したドキュメンタリーレポートが残っているので掲載する。

賃金交渉は年明け草々に始まる (94年1月)

会議室に入ると、担当部長と取締役が既に着席していた。

―下期の業績はどのような感じですか?

別に知らないわけではないが、交渉に先立つ挨拶がわりにきいてみる。

―う~ん、あんまりパッっとしないねぇ

やをら腕を組みながら、担当部長がにこやかに返事する。「にこやか」ちふあたりが、もう駆け引きが始まっている証拠だ。上期の業績が悪く、史上最低の賞与に甘んじた後だけに、ここで押し切られるわけにはいかない。

―賞与をセーブした分、相当楽になったのではないですか ?
―だいたい、××万くらいですね

と取締役。計算して事前に判ってはいたけど、そんなにズバっと言うか!?

―上期時点での見込赤字が△△でしたから、これで消えますよね
―おかげて、今期の赤字はなんとか回避できそうです
―じゃぁ今度は、赤字回復に努力した会員に応えて下さいね

おぉ、こっちのペースだ!

―会社側としても、可能な限り、協議会のご要望にはお答えできるようにしたいと思います。しかしながら、現時点では、決算に向けての見通しが確定していませんので … 云々

普段の取締役は気さくな人だが、交渉の席上で会社側を代弁するときには口調が変わる。言葉を短く区切って、第三者的な言い回しだ。そういう時はまず、こちらの目を見ない。

―決算の蓋を明けてみないと何とも言えないって事ですか ?
―確定的なことはねっ

おや、もう口調が戻っている。おっと、私の目を見ているぞ。しかも、ちょっとにやけている。うぅ…、これでは話が進まない。

―でね? 委員長には、賃金交渉の前に、相談事があるんですよ

担当部長が切り出してきた。なんだなんだ ?

―年度が変わっちゃう前にね、就業規定をいくつか変えたいんです

出張手当ての見直しや、時間外手当の割り増し規定などを協議会と一緒に考えたいという申し出だ。一方的に決めて、承認しろといってくる会社に比べれば、はるかに好意的だ。しかし「いざ、賃金交渉をしよう!」といってる席で持ち出すか、普通ぅ ?

「既に対象者が現れ始めているので、年度が変わる前に試行したい。労働基準監督署への各種申請手続きなどが事前に必要なので、2月中には協議会の合意をもらって最終決定しておきたい、云々。」… 困ったぞ、賃金交渉の傍らで、こいつも片付けなきゃならんのか。前回の36協定も年度末で期限切れだから、そっちも会員にはかって、方針を決定しておかなきゃならん…。

―これは案なんでぇ、役員会に掛けてなくて、まだ役員も知らないワケ
―はぁ
―だから、委員長限にしといて欲しいんですよ
―え”?

それでどうやって協議会合意をとれちふんじゃぁ~!

ベースアップ要求額は強気に決められた(94年3月)

会社の年度業績が確定するのは、6月の株主総会だ。数字の上では、1~2カ月前にだいたい固まるが、賃金は年度単位なので、どうしても4月前後に交渉時期が限定される。この時期に、明確な数字を根拠にして、「これだけはとれる」なでふ論理は、そもそも組み立てられない。

―なぁんだか、あんまり出そうもないよぉ

数字を明言できず、少々疲れていた私は、執行委員の皆に曖昧な言い方をする。

―まぁ、会員の意見をさらってみましょうよ

執行委員Ψ氏がホワイトボード前に立って言う。各支部長は、会員の意見を報告していった。

―「とにかく目いっぱい取れ」論は、相変わらず多いね (un;)
―だけど、それだけじゃ交渉の作戦が立たん…
―「せめて経済成長率と同程度はほしい」てのは正直なとこでしょうね
―気持ちは判るけど、今年はマイナスだぜ (Oo;)
―あとは、会社の考えが見えないつって怒ってる人が多いっす
―経営方針とか現状打開の具体策が見えて来ないって事でしょ
―割りとやってると思うんだけどねぇ
―うちらがキチンと伝えられてない分もあるんじゃないすか ?

おぉ、その自覚、大切にしてくれよ、Ω君!

―協議会は会社の広報部じゃないんだよなぁ…
―会社側の努力不足・方策不足は、筋を通して申し入れしよう

93年度末、会社は、2年連続で赤字決算を出すか否かという瀬戸際にあった。私はこの年、「会社が傾かない限度一杯をとれれば良しとしよう」と考えていた。

―要求数字はばらついてますね
―2.5%~3%前後が多いんじゃない?
―◇◇支部の4.4%ちふのはすごいなぁ
―πさんの支部だから、きっちり算出根拠があるんだろうね

πさんは生憎、欠席だった。

―最大と最小を除いて平均を出しますかぁ?
―オリンピック審査か! おまえは!!

会員からの要求数字を踏まえて、執行委員で協議をする。低い要求を出せば、絶対にそれ以上の額はとれない。かといって、状況を省みずに飛び抜けた要求額を出しても、即座に交渉が決裂するだけだ。一度は期待した会員が、無用の落胆をしてしまう。

協議をすすめてゆくと、やはり、会社の方針や方策が曖昧な点を追及する声が多い。要求額も、◇◇支部の数字に触発されたか? 3%を飛び越えて、どんどん高くなって行く。ひととおりの協議が終わり、最終的にどの線で要求するかを採決した。

―要求は「協議会会員平均4.40%のベースアップ」で決まりっす !

Ψ氏が私に向かって報告した。完全に顔が笑っている。

―お~ぉ … ホント!?

思わず聞き返してしまった。私の心積もりの5割増しだ。これを提出する時、会社側はどんな反応をするだろう … 私は、ちょっと楽しみになった。この時点で、私は、ちょっと不謹慎だったかもしれない。でもまぁ、このくらいの要求はしたっていいか。そもそも、第三4分位への回復を考えたら、10%以上のベアが必要なんだから。

かくして、94年度のベースアップ要求は、”4.40%up”で提出された。

組織変更で、やたら奔走する(94年5月)

当社のお家芸とも言うべき組織変更の時期が来た。協議会は、「各部に一人以上の代議員」という原則で運営しているため、当社の組織変更があると、影響をもろにかぶる。場合によっては、支部体制が崩れてしまうこともある。だから、当社の組織変更は、協議会にとって悩みの種だ。

―おい、人事広報みたか?

α氏がさっそくチェックをいれてきた。

―Θ氏と£嬢が1Fに異動だぜ
―おろ? ってことは、8Fからは、代議員がいなくなっちまうじゃないか
―Sビルなんかすげぇぞ、6Fの代議員がいないのだよ (Vv;)
―なんだと?
―驚くなかれ、しかもΨ氏は出向だ!
―ひぇ~

早速、執行委員会で、各部代議員の異動を取り上げる。××部と△△部から代議員がいなくなり、代わって、○○営業に5人もの代議員が集まってしまった。

―うにゅぅ…これから新たに代議員を勧誘するわけにも行かんしなぁ
―私のところは、Φさんにお願いして連絡スタッフをやってもらえます
―執行委員がフォローして、職場集会とかは何とかなるけどさぁ
―それよか、Ψさん、出向なんだって?
―いやぁ、そうなんすよ
―執行部まで解体しちまうなぁ

本社の全部署と出向者・海外勤務者をそれぞれ一部署(拠点)扱いとしているが、基本的には、各部に一人以上の代議員がいないと、意見収集や情報伝達がうまく機能しない。


(途中原稿遺失)

かくして、後には「パンゲア支部」と称された巨大支部ができあがったのである。

社長登場!(94年6月)

夏期賞与交渉はよれていた。決算赤字を理由に上げ渋る会社側と、我慢の限度に達した会員の強い要求に落差がありすぎて、一向に歩み寄れない。ここ2年ほど、交渉決裂はほとんどなかったのだが、二回目の会社側提示額をあえて蹴ってしまった。

―要求額との差を考えると、会員は納得しません
―執行部としても、これでは受け取るわけにゆかないですね

事務レベル交渉の席で、担当部長と取締役は困った顔をしていた。社長自ら説明したいという意向を受けて、期限ぎりぎりの交渉に望んだ。

―大変なときに…協議会のみなさんにもご苦労かけてます

いやいや、それはわかったから、本題にはいりやしょう…。

―この前もね、××の会合があってね、行ってきたんだけども…

おいおい、何の話が始まっちゃったんだ?

―御社は800人くらいがちょうどいいんじゃないの?って言われてね


(途中、原稿遺失)

―今度の情産白書に、請負型ソフトハウスは厳しいという予測が載ってますね

社長は、ちょっとむっとした顔をしている。そりゃそうだ。ソフトハウスではほとんど唯一、情報処理白書にかかわってる人だもの。え~い、だめ押しだ!

―そういやぁ、社長は白書を書く側にいる人ですよね … (^^9

社長は、訂正されたり指摘されるのが大嫌いだ。

―協議会は、今後の経営展開に、確固としたビジョンが欲しいのです


(以下、原稿遺失)

協議会年度末騒動(94年7~8月)

夏のボーナス交渉を終えると、すぐさま、年度代わりへ向けての改選準備にはいる。まったく…協議会には休まる暇がない。

―前なら、10月だったから、すこしは気が抜けたんだけど…
―夏場なんて、人がいなくなるから選挙がむずかしいよね
―確かに (un;)

89年まで、協議会の年度は10月からだった。ちょうど、会社の下期開始とともに、協議会の新年度が始まる訳で、年度としては半年先行する型になっていた。春は、賃上げ交渉、賞与交渉、人事交渉などが集中する。重要な交渉の途中で協議会の体制を変えるのは好ましくなかったのと、新入社員の配属、組織改変、異動などの混乱期に、協議会体制の編成をすべきではないと考えられた。そのため、半年先行した10月に協議会年度を切ることにしていた。

― けど、10月だと、年度を開始した途端にボーナス交渉だから、けっこう慌ただしかったわけさ

10月に新年度が始まるなら、賞与交渉が終わってから改選までの間に、若干猶予があった。だが、まだ体制も確立しないうちに本格的な冬期賞与交渉に突入するので、これではやたら慌ただしく、交渉がままならないという弊害もあった。

― そんなわけで、90年に協議会年度の改変期をひと月早めて、今の9月にしたわけさ

自動的に、代議員の改選も9月から8月に早まったが、10月の冬季賞与交渉に余裕ができた代償は、人の集まりにくい8月に選挙を行なわなければならないという形で現われた。

― 「あちらを立てればこちらが」ってやつですか (xx;)
― 去年までは選挙じゃなかったから、そんなでもなかったんだけどね

94年以前まで、代議員はほとんどの場合、互選で選任された。つまり、代議員候補が一同に集まり、相互に代議員として承認しあうという、簡易代表選挙だった。だがこれはもともと、各部門の代議員候補が、それぞれの職場で事前に承認を受けていることを前提とした制度だ。だから、代議員の互選は、既に会員の承認があった候補によって行われているという了解の上に成り立っていた。

― 職場の代表による互選だから、確かに代議員は会員の代表だったわけさ
― このごろじゃ、職場の承認なしに代議員になることも多いですよね
― 互選していたから代表としての意味は残っていたけど、多くの場合は形だけだったちふことになりますね
― そう、だけど、それじゃまずいから、ちゃんと選挙したいわけよ

94年の夏から始めた代議員選挙は、実際に会員から選ばれ、名実ともに会員を
代表する代議員で協議会が運営されるようにするというねらいがあった。

― おぉ、まるでそれまでは代表じゃない奴が協議会を運営してたみたいじゃないけ!
― う~ん、Θさん、それは半分あたりで半分ちがうのっす

80年代中盤までは、開発やプロジェクトの単位が比較的大きかった。それは、客先に常駐しても、チームから代議員が選任できるほどの人数がプロジェクトにいたことを意味する。協議会活動の主流も、「職場集会」という、それぞれの部門や常駐プロジェクトの各拠点で実施される連絡・協議ための集まりがベースだった。

ところが、80年代の後半ごろから、比較的小規模なプロジェクトが、しかも数多く実施されるようになると、会員のオフィス拠点が分散し、プロジェクトの繁忙サイクルなどが個々バラバラになった。すると、多くの会員がひと時に一カ所に集まることが難しくなり、一部の部門や支部・支社をのぞいては、次第に、職場集会を開きにくい状況になっていった。

― 『これはクライアント/サーバの普及を背景とした、会員職場環境の変化によるものである』…なんて解説しちゃうと、「カノッサの××」みたいになっちゃうな
― 環境が変化したから、協議会の仕組みや運営方法を変えなきゃいけない時期に達したちふことだわな
― 今も基本的にはちゃんと立候補&選挙をしているのよ
― 東京がてんでばらばらになっちゃったのが痛いんだよね
― なぁ~る、ほど … (VV)
― こらこら、勝手に納得すなってば (**)

改選は、対会社交渉とは異なり、運営方法からルールまで、拠り所となるすべてが協議会の内製なので、逆にやりにくい側面があった。選挙を実施するには、選挙によって代議員を選任することを前提とした協議会規約の再整備が必要だった。また、選挙方法、選挙のルールなども、すべて0から作ってゆかなければならなかった。

― ほとんど、Ψさんとβがやってくれるからなんとかなってるけど、俺ら見てるだけでなんもできない (^^;)
― おいおい、執行委員がそんなこといわんでくれ (ハ;)

実際この頃、協議会規約の電子化に始まり、その修正や選挙制度案の策定、会員意見の収集や代議員内での討議などのために、大量の情報が代議員の間を飛びかっていた。執行委員の間だけでも、毎日数十通の電子メールが飛び、しかも、その一つ一つが数千字~1万字にもなる長大なメールばかりだったので、読むだけでも一苦労だった。

― 1日メールが読めない日があると、もう、翌日キャッチアップするのが大変で大変で… (xx;)
― 私なんか、moreじゃ、まどろっこしいから、cat でメール読んでますよ

選挙に対する会員や代議員、各執行委員の認識の違いも大きな障壁となった。投票率が何%以上なら有効か、何%で代議員として選任されたことになるか、そもそも、選別投票か、信任投票か、などが盛んに論議された。

― いいかい? 国の選挙を見てもだなぁ、たとえ20%の投票率でも選挙は有効になるんだ。しかも、その半分、10%の投票を得るだけで、もう、りっぱに「代表」ちふことになっちまうんだ。その半分の5%が集まれば既に「与党」だし、その半分の2.5%で「主流派」で、さらにその半分が信任すれば、1.25%の支持で総理大臣が生まれるんだぞ!
― お~おぉ、だからβくん、何が言いたいのよ?

思い起こせば、けっこう喧嘩腰の論議もあった。なんやかやと突貫工事で選挙の方針を固め、選挙制度案を会員へ答申する。「やれやれ、これで一安心 (从;)」と思ったのもつかの間、いよいよ実施という段になって、またもや揉めたのだった。

― 選挙管理委員は代議員として立候補できないけど、選挙管理委員が頼めるような人に こそ、代議員をやってほしいんだよなぁ
― うぅ…、こんな人選で悩んでる場合じゃないんだけど
― だいたい、会員名簿はあっても、社内の何処に座っているかとか、どのプロジェクトに所属してるかが分からなきゃ投票用紙が配れんベ?!
― それはそうと、αさん、次期も立候補すんの?

かくして、協議会の夏は決して安らぐ事はなかった…。

以上


レポート内ではβ君発言の体裁をとったが、これは自分のセリフだったりする…

たとえ20%の投票率でも選挙は有効になるんだ。しかも、その半分、10%の投票を得るだけで、もう、りっぱに「代表」ちふことになっちまうんだ。その半分の5%が集まれば既に「与党」だし、その半分の2.5%で「主流派」で、さらにその半分が信任すれば、1.25%の支持で総理大臣が生まれるんだ

 

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